皆さん、おはようございます。昨日は久しぶりに長男とビールを飲みました。飲みながら、もう26になるとの話になりました。友達が27になったと聞くと、相当年をとった気がする。何のために仕事してるかわからん。好きなバイクをあたって生活したいと話していました。親にすれば、なんて情けない、自分の足下を見て話せ、彼女の一人くらい作れ、といいたくなりました。友人の子供は医者になった弁護士になった、もう、孫がいるなどなど、聞くにつれて、自分の子供はこれかと思ってしまいました。でも、そのとき良寛和尚の言葉を思い出したのです。
良寛の「ちょうどいい」
お前はお前、ちょうどよい 顔も体も、名前も姓も、お前はそれはちょうどよい 貧も食も、親も子も息子の嫁も、その孫も、それはお前にちょうどよい 幸も不幸も、喜びも・・・悲しみさえも、ちょうど良い。 歩いたお前の人生は、悪くもなければ良くもない。 お前にとってちょうど良い。 地獄へ行こうと極楽へ行こうと、行ったところがちょうどよい。 うぬぼれる要もなく、卑下する要もなく、上もなければ下もない 死ぬ日月さえもちょうどよい。
お前はそれはちょうど良いこの言葉のように、私にとってこの子はちょうどよいと思うと素直に子供の言葉を聞くことが出来て、人生に悩んでいるその姿がたくましく感じました。「ちょうどよい」いい言葉ですね。
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